病的な劣等感は必ず克服できる

 

全てのひとは劣等感を持つ。

劣等感と言うと良いイメージはないかもしれない。

 

理想と現実のギャップを埋めるために虚栄心が働いてしまう。

他人を認められない。

他人を卑下することでしか自分を優位に立たせることができない。

 

こんな感情に悩んでいる人も少なくない。

 

病的な劣等感が問題なのであり、劣等感は人が成長するのに不可欠なものである。

 

病的な劣等感を認められなかった私

自分の理想としている像、周りから期待された姿になりたいという思いが人一倍強かった。

しかし実際の自分と理想のギャップがあまりにも大きすぎる。

無意識にも、この大きな溝を埋めていたのは「作り上げた自分」

何をするにしても周りの「できる」が目に留まってしまい、ありのままの自分を認めることができない。

他人と比べることでしか自分を確立できない悲しい人間だった。

 

そんな私が変わるきっかけとなったのがアドラーの言葉だった。

 

◇アドラーの哲学

劣等感は解決できる

–虚栄心が目につくひとは自己評価が低い

等身大以上の目標を設定して、その線を越えようと他人以上であろうとすることを示す。

自分が不完全であると自覚しているからこそ、つま先立ちをする。

 

–虚栄心は成長を妨げる

他人に認められたいという思いに囚われると、どうすれば認めてもらえるかばかりに目が行くようになる。行動の基準が「なにをすべきか」ではなく「どうみられるか」に変わり、自分にとって有益かどうかばかりを考えるようになってしまう。

 

–ほかのひとが自分より上手だからといって心配してはならない

一番の問題はほかの人が自分より優れていると思うと「何をしてもムダだ」「勝てるわけがない」と、課題に向き合うことを放棄してしまうこと。

 

–他人の価値を下げることで自分が秀でようとするのは弱さの兆候である

ひとより良く見せようと他人の価値を下げようとする人がいる。
誰かを悪く言ったところで自分の価値は上がらない。
かえって自分の評価を下げるだけだ。

 

病的な劣等感を克服するプロセス

【1】自分の劣等感はどこから来ているのかを分析する

自分のことがわからなければ対策も立てようがない。

真っ白の紙に自分の弱さを全て書き出してみる。

 

【2】克服–「そのためには?」を常に考える

自分の劣等感を感じている部分が明確になった後は、今のありのままの自分を受け止める。

そしてどうすれば良いか「その先」を考える。

 

◇ありのままの自分を受け止める

虚栄心があるひとは、ありのままの自分を見せることを怖がる。

今の自分を見せてしまったら嫌われるのではないか、離れて行くのではないかという恐怖が常にある。

果たして本当にそうなのか。

素直に自分の弱さを認めるひとに対して嫌悪感を感じるひとはいない。

弱さを見せたからといって誰も離れてはいかない。

むしろ必死にあがいて前に進もうとしているひとは応援される。サポートされる。

 

劣等感を感じて自分を大きく見せる人間が良いか

弱さを認め周りから応援される人間が良いか

 

言うまでもないだろう。

 

◇まとめ

クラスメイトに劣等感を感じている人がオリンピック選手に対しても劣等感を感じることはないだろう。

それはオリンピック選手と自分はあまりにも実力が違いすぎて、次元が違うと考えているからだ。

つまり、他のひとと比べて劣等感を感じるということは潜在的に「自分はそのレベルに到達できる!」と思っているため。

 

劣等感は克服できる。

理想の姿と実際の姿を比べ、ギャップがあることを認めることは本当に苦しい。

私たちにとって一番苦しくて困難なのは「素直に認めること」

ただ、この苦しさを乗り越えることができれば人間は無限に成長する。

 

 

周りを貶めてはいけない。自分が理想までたどり着くしかない。

劣等感を感じることは決して悪いことではない。

自分の現在地を再確認できる良い機会だからこそ、しっかりと自分と向き合ってほしい。