就職活動の採用基準は学生の未来しかみていない

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2015.2.10

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おはざまーす!人材界の大橋巨泉でございます。

もうこのシリーズやめよかな。社員のウケめっちゃ悪いし。

私「今日は誰にしよっかな〜。誰が良いと思う?田淵幸一?」

社「ってかそれ普通におもろないっすよ」

私「え!?ウソやん。しかも普通にって・・・ウソやろ」

社「いや。それがウソやんですわ。ってかウソちゃうし」

私「ウソウソ。カワウソウソ」

社「静かにして」

私「え、この溢れ出るセンス感じひん?」

「うっさい。デブ」

怖っ

ってなことを今日の8時半くらいからやってました。

世間的にはまだまだ若いですが、20代も後半に差し掛かると、自分がヒエラルキーの底辺にいることがわかるようになってきました。

あ〜口推し。くちをしや〜。

年下であっても、基本的なスタンスはおもちゃのようです。オモチャ。茶。

 

どうも。私がどんズベリ男です。

せばっ!!

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さて、今日は何言ってんだコイツみたいなことを書こうと思います。

現状の新卒の就職活動なんて、本来の役割を満たしていない。
学生は仕事を探すというより、次の取り付く島を見つける事に躍起になっている。

というか、日本の就職活動文化自体を辞めればいいのにと思うコトもしばしば。
大げさですがね。

一定の時期になれば、始まって終える。キャリアは期間で区切ることではない。
学生時代をストレートに行けば、22年間。キャリアは約40年間。

どう考えたって、キャリアを歩む時間の方が長い。
だったら、教育の段階から常にキャリアを意識させる環境がベスト。

就職活動なんてイベントを設けるから、学生はインプット寄りの活動がメインになるし、企業は人材業界リードのビジネスに乗っ取り、独自の求職活動ができない。

リクルート

※リクルート社就職白書2014より引用

企業の採用基準の一位は

 「人柄」

 ここから、学生に気付いて欲しいことは就活に絶対的な回答は無いということ。

当然、これは「みんな違ってみんな良い」といった道徳を語りたいわけではない。

現状、周囲を見渡し、焦り、ES突破必勝!&SPI添削のような本を買い、自分の興味の無い企業の早期選考で面接を練習する。そして、大手企業の数で自身を誇る。

なんの意味があんねん。

日本の就職活動ではランキング化していたりと、紙面でのインプット評価を図る傾向にある。
いわゆる学生の延長線上にキャリアがある。

企業は画一された時期に集団で迎え、集団で教育し、集団で一定の業務レベルに引き上げる。
モロに学校教育で用いられたシステムが踏襲されている。

いくら成果主義や年功序列。終身雇用が無くなったとはいえ、入り口が就職活動というイベントである以上、このスタイルは消えない。根底が変わらないのだから。

ここまでが前提条件。

集団の枠をはみ出せない学生と企業。企業も外資系や経団連の加盟企業を除いて、輪を乱すことはできない。このあたりが日本らしさですね。

となると、画一的な試験での判定になるわけです。それが、就職活動の選考。母集団を囲い、筆記試験や書類選考で限定する。つまり、一般的な入試に近い。

そして、GDや面接へと移行する。これが学生を惑わせている。
就活を受験の様に数字で競おうとする。

リソースや手法を疑わず、誰が設定したか、定義があいまいな就職偏差値ランキングや、内定数、企業規模なんかで難関度を図る。その為に就職活動の為の就職活動をする。

こう考えると人材業界は凄いですよね。本来何も必要ない所に市場を作ってんだから。
就職活動自体が活動のはずなのに、その活動の為の活動を市場として作ったんですから。それにですよ、、、、、、、、

もう活動、活動てしんどいわ!つづきは明日書くわ!

採用基準がなぜ上位3つになっているか、ポンポン決めてしまう学生って何?ってところを書きますのでね。ちょっと待って下さい。

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